「感情」の根底に気づいていく
昨日の投稿。
昨日のこの記事では、春の体と心ということから「怒」という感情の話をしましたる
これ、分かりやすく話したのは何かのきっかけになればいいと思って話してます。
「感情」って端的に頭で分かっている表面的なことでは解決できないもの。
なんか分からないけどイライラしてしまって、家族や他人に当たってしまうことってあるでしょ?
目の前で起きてるその現象に怒る必要ないのに、なんか分からないけど腹が立ったりする。
何か失敗して落ち込んでたのかもしれない。
悲しいことがあったのかもしれない。
体に痛みがあって辛いのかもしれない。
原因は様々だけど、それ以前の何かで感情が起きて連載してきた最終の形だったのかもしれない。
その原因でさえ、実はまだまだ結果とも言えるんだ。
そこから「なんで?」って、掘り下げていく必要があることもある。
掘り下げても分からないこともある。
それは、他の感情が転嫁したものかもしれない。
それは、今の汚染された環境から影響を受けて、人としてというより生命体として危機感を感じてるのかもしれない。
その環境から取れる食物を受け入れた不快感かもしれない。
周りにいる人、関わる人の感情やエネルギーの影響なのかもしれない。
その目の前の現象に捉われてしまうと見過ごしてしまう。
自分事だけなのか。
自分の置かれる状況なのか。
社会なのか。
環境なのか。
深く広く視野を広げていくために。
考えるだけでなく、いろんなことをキャッチできるアンテナを。
もっと敏感に感じていける感覚や感性を。
自分を満たすということは、何かを得るということだけじゃなく、そうやって感覚を高めて感じたことに目を向けて行動できること。
見ないふりせず、良くなることへ向けて考えて出来ることを重ねること。
それに尽きる。
そうやって満たせる自分に近づいていくことが、自分のいる世界をより良くしていく。
気がつくと体は変わり、気持ちも意識も変わり、赦せることが増えていく。
体も心も癒されて、みんなが笑う世界への気づきになりますように。
これを読んでいただいてから、昨日の投稿を読んでいただくと理解が深まると思います。